「一生の仕事になるとは、当時は考えもしなかったですね」
瑞昭窯3代目の大野和子さんは、父親の手伝いを始めた頃の自分自身をこう振り返る。勉強が嫌いで進んだ陶芸の道だったが、当主になることはおろか、続けることすら考えもしなかったという。
「家の仕事をする方が楽なんじゃないかって、最初はそんな気楽な感じで仕事に入ったんです。父自身も継がせるという気持ちはそれほどなかったと思います」
継ぐ意志をもったのは、父親が病気を患い、臥せりがちになった頃からだという。絵付けを担当していた大野さんに、窯焚き、釉がけといった父親がこれまで担っていた仕事を覚えるよう言われたのがきっかけになった。
「父がいなくなっても、私が困らないようにと思ってくれたんでしょう」
仕事を滞りなくこなし、お金に変えることが当主の責任でもある。父親に仕事を習う過程は、大野さんが強くそれを自覚する布石となったのだ。
「父のいる間に覚えることができたから、すんなりとバトンタッチできました。今では父親に感謝しています」
瑞昭窯は、茶碗、皿、湯呑といった一般食器を中心に製作する。先代が編み出した呉須色が特徴的で、落ち着いたコバルトブルーが商品に深みを与えている。
なかでも、羅漢上人を描いた食器は人気だ。
大野さんの代になってからは、長年携わっていたろくろ職人の引退や、絵付け師の交代もあり、新しい形と図柄を生み出していくことにも力を注いでいるという。
「新しいことをするのは大変なことなんです。長年やってきたことからなかなか抜け出せないこともありますし、ええ加減なものも作れませんからね。でも、何もしないよりは、していかないとだめですから」
去年の春から、若手の絵付け師が入ってきたことを、新しい風を吹き込む機会だと、大野さんは捉えている。
「この仕事に終りも慣れもない。挑戦していくだけです」
そう強く話す大野さんの顔には、女当主としての輝きがみなぎっていた。
たまたま立ち寄った料理屋や、料理の雑誌などで、うちの商品を偶然みかけるということがあります。
普段、工房で作業をすることが多く、お客さんの顔は見えにくい私にとって、そんな偶然の出会いは、とてもうれしい瞬間でもあります。
汲み出しが小鉢に使われていたり、思いもよらない料理がお皿に盛られていたりするのを見るのも嬉しいですね。様々な使われ方をしている焼き物に、作り手としては終わりのない、挑戦する心を掻き立てられています。