名門料亭に京焼の割烹食器を提供し続ける松谷窯。磁器も陶器もこなす技術と京焼のそこはかとなく漂う気品を受け継ぎ、平成12年、三代目叶松谷を襲名したのが叶さんだ。
少年の頃は考古学の道に進みたくて、家業を継ぐのが嫌でたまらなかったと振り返る。
「嫌だったけど、考古学をやりたくても焼き物やらなあかんという宿命みたいなのが自分の中にありましたね。結局、大学で陶芸を勉強し、卒業してから家に入るんですけど、そのうちにだんだんと仕事が面白くなりだしたんです。」
叶さんが面白みを見出したのは、「伝承と伝統は違う」ということに気づいたことが大きい。
「京焼を勉強してみると、名前を残している陶工達は、古いことばかりをやっているわけではなく、新しいその人たちなりの創作を加えていることがわかる。ただ写すだけの“伝承”ではなく、時代と共に変化してきたことが“伝統”としてつながっていく。それが分かってくると、自分の創作と家の伝統的な仕事を結びつけることが面白くなってきたんです。」
叶さんなりの創作と伝統の融合。それを確固たるものにさせるには、まず技術を磨くこと。仕事を終えてから、工房とは別の場所で、練習する毎日が続いたという。
「自分の考えたものを作るためには、最低限の技術が必要。さらに、自分の作りたいものを作るためには、新しい技術の開発も必要です。それらは、基礎を積み重ねつづけて、できるもんやと思います。」
叶さんは、叶松谷として、また叶道夫として日展出品などの創作活動にも携わっている。創作の上で大切なのは、人と違う目線でものを見、考えること。
作品のテーマ探しによくスケッチに行くが、叶さんは、早朝や深夜など、ずらした時間帯を選ぶ。
「今ここにあるものを見る場合に、みんなが同じときに見ると同じようにしか見えないし、同じようにしか書けない。他の人と違う角度で見ようと思えば、朝早くとか夜遅くとか時間をずらす。そうすると、まったく違った光景に出会うことがある。日が昇る瞬間の海だったり、日が差し込んで光り輝く苔だったり、驚くほど新鮮な風景を見つけることができるんです。」
“違った目線”は食器にも新しい風を吹き込む。絵柄の模様がつながる食器のセットでは、単なる食べる物を入れるための食器ではなく、パーティーなどの賑わいに花を添える。
「日本人ってパーティーとか苦手で、話のきっかけをなかなかつかめないでしょ。そんな時、隣の人が持っている器と自分の器と模様がつながるのを見つけたとしたら、“おたくとこんな風につながりますよね”なんて話しかけて、話が弾むきっかけになるのではないかと考えたんです。」
シチュエーションが時代と共に変化するのであれば、焼き物も変化する。発想次第で、焼き物の可能性は膨らんでいく。
「食器は決められた形ですけど、その中でどういう風に展開していくか。限られた空間であってもいろんな形に構成できると思います。そうやって、考えていくことが面白いんですね。」
時代に即した器を展開していくとき、「盛りつけやすい・運びやすい・洗いやすい・しまいやすい・割れにくい・飽きがこない・美しい」を念頭においています。現代の食器棚に合わないサイズで器を作ってしまえば、使えるものではなくなります。使うための食器である限り、美しいはあくまで最後。そうすることで、逆に美しさに磨きがかかることがあるんです。
器のこれからは、洋の中に積極的に和が入っていくことだと思っています。今までのような「洋を取り入れた和」ではなく、「和を取り入れた洋」として、和を発散する立場に持っていく。同じようなことかもしれませんが、考え方が違うだけで、かなり印象が違ってくる。器の世界でも、常に考え方が大事だと思いますね。